咳き込む妖怪意匠家

コウノブログ
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●妖怪の夏がようやく終わり…。

めちゃくちゃほったらかしでした。
一ヶ月以上です。
書くことは山ほど合ったんですが、全くパソコンに向かう気が起こらないというやつです。

それでもこの夏の活動一覧をアップしました。
なんか夏休みの絵日記を八月末に一気に書くみたいな感じです。

やっと夏が終わった…。
やりきった感じです。

唯一の心残りは、妖怪会議で限定販売してた、荒井良さん作の墓場鬼太郎お面を買いそびれたことくらいです。
全てを投げ出して道の真ん中に寝転がって駄々こねたいくらい悔しかった…。

次は秋ですね。
ぼちぼち準備の準備くらいは始めましょう。
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●京妖怪祭 近況 7月21日

大分長い間放置してました。
やはり夏はバタバタしてしまいます。

まず、京妖会こと京都妖怪まちづくり実行委員会詳しくはここ
で行う夏の妖怪イベントが確定しました。
この夏の妖怪イベントの総称は「京妖怪祭(きょうようかいまつり)」と言います。

なんと、世界妖怪会議は今年も太秦映画村で開催されるのです。
と、なると当然、妖怪仮装行列もあるわけで、ただ今準備中な訳です。
23日は『幽』の怪談会
24日は『怪』の妖怪トークショー
いやあ、素晴らしいです。
妖怪好きには堪りませんが、百鬼夜行の準備のため、見れない…。

その他も夏のイベント盛りだくさんです。

つい先日マップの配布とクイズラリーが無事開始されました。
マップでは「京都北西不思議めぐり」と題して京福沿線の不思議スポットをピックアップしてみました。
大将軍商店街近郊でも、立本寺というお寺の何代も前のご住職さんが墓場から生まれたという伝説があったり(墓場鬼太郎じゃあああ)、妖怪封じの岩神様の話、主人の恩に報いた化け猫の話、前世で厭魅の呪術を行った男の因業を断ち切ったお地蔵さんの話などなど、面白い話が結構ありました。
このマップは2万部ほど印刷するようなので、京都のどこかで手に入ると思います。

クイズラリーの問題は中級者向けのそこそこの難易度です。
妖怪にまつわる4つの問題が嵐電の有人駅にありますので、みなさん謎解きに挑戦してみてください。(正解者には素敵なプレゼントがあります)
ちなみに問題のヒントは大将軍商店街のあるところに隠されています。

妖怪マップの配布とクイズラリーの開始とほぼ同時期に映画村で開催される妖怪作品展「百鬼妖怪展」の搬入作業がありました。

僕らも「妖怪藝術展ばけてん」としてお招きいただきました。(ちょこっとだけお見せします…)

「平面作品」


「立体作品」


「青木さんとつのじろう君」


僕ら以外にも、久々にお会いさせていただいた日本物怪観光の天野行雄さんと怪談系造形作家の山下昇平さんの展覧会「黒のコレクション」(この空間だけ空気が違う…)



季刊『怪』の妖怪作品公募である怪大賞の受賞作品を展示した「怪大賞展」(魔界遺産と久々の再会…)


他にも滋賀県妖怪市からご参加いただいた鈴木さんの妖怪人形などなど、思わず作業そっちのけで見入ってしまうような作品の数々、誌上やweb上でしか見たことないあの作品この作品、普通なら遠方に足を運ばなければ見れないのに、京都で直に見れちゃいました。
去年の妖怪大戦争のマスクと一緒で、こういう機会に恵まれるというのは役得ですね。

そんなすごい皆さんとご一緒させていただいたのですが…。さらにすごい妖気が……。


ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…


バァーーーーン!!!

去年の妖怪会議の折、水木大先生がお描きになった鬼太郎です!
盗まれるよ!これ!

続く
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●ばけてん’08 作品大公開



ばけてん’08

ようやくアップしました。
ゴールデンウィークに催されました妖怪藝術展ばけてんの全作品公開です。

今年は作品点数も増えまして、種類の幅も広がっておんもしろいんですよ。

お越しいただいた方も、そうでない方も、どうぞごゆるりとお楽しみくださいませ。

出展者のみなさん、どうもお疲れ様でした。
今後ともよろしくお願いいたします。
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●おわりましたばけてん。

おわりましたばけてん。
終わったのは11日です。
もう2日たちました。

会期中、来場していただきました皆様、この場を借りて御礼申し上げます。
どうもありがとうございました。

来場者数約450人。
おお、ほんとに観光地みたいだ。
妖怪ラーメンのいのうえさんが一瞬行列の出来るラーメン屋に。
人のこと言えないですが、みなさん妖怪お好きなんですね。

楽しい出会いもたくさんありました。
懐かしい方と再会したり、初対面ながら妖怪の話で盛り上がったり、個人的にも収穫大でした。

そして次の一手も始動です。

もうすぐ妖怪の夏だ!


(写真は青坊主の青木さんと幼稚園のおともだちです)
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●全国妖怪ファンの皆さんへ

妖怪が好きだ。なんて無為なことを声高に叫ぶのはやめましょう。
妖怪なんて昔の劣った人たちの妄言、虚言、流言飛語が誇張されて現代に伝わっているだけのモノです。
そこには未来への希望も生産性もありません。
いつまでもそんな貧乏くさい陰気なモノにかまけるのはよしましょう。
真っ当な日本人なら、妖怪なんてありがたがるのは無知蒙昧、馬鹿愚劣の証であると恥じるべきです。
夜は墓場で運動会など、安易に青少年の非行を助長しているようにしか聞こえません。
朝は寝床でぐうぐうぐうなど、勤勉な日本人の誇りを否定するものです。
そもそもあんな悪趣味なものを良しとするのは日本だけです。
妖怪なんてのはまさに日本の恥部です。
このグローバル時代において、あのような前近代の無用の長物が、諸外国の先進的な人々の目に付くというのは日本人として屈辱と言えるでしょう。
大体妖怪なんかが実在したところで何の役にも立ちません。
妖怪関連の書籍など残らず焚書されるべきですし、妖怪の話を好んでする不逞の輩には何らかの罰を加えて粛清するべ…






「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああ」






そんな訳で青坊主の青木さん、完成です。



長かった…。
コウノ個人活動 | permalink | comments(0) | -

●完全体になりさえすれば

青坊主の青木さん、もうすぐ完成です…。



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●妖怪の春 口火を切る!

妖怪藝術展ばけてんの日が近づいてきました。
今年は初日の5日に怪談会もするそうで、まず手始めに双方のポスター作りです。



「ばけてんポスター」

今年は色んな人が色んなタイプの作品を出してくれますから出ますから、あまりイメージを限定できません。
怖さが勝ちすぎたり、滑稽さが主張しすぎたり、郷愁感が出すぎたりしてはいけないのです。
ですから、この場合妖怪はメッセージを発してはいけないわけで、無言、無表情でなければいけません。
かつインパクトも欲しい。
そこでお歯黒べったりさんに登場していただきました。
唇を色っぽくして(なんか油モノ食べて後みたいですが)、歯並びも矯正して完成です。
強烈でヘンテコなイメージが伝われば幸いです。



「怪談会ポスター」

こっちのほうはお歯黒と違って怪奇色出しまくりです。
手の目をリアルにしてみました。
夜中眼が覚めると手の目がエノキダケみたいににょきにょき生えてこっちを見ている。
自分のお部屋にこんなのが居たら最悪です。
出来上がって考えてみれば「墓場鬼太郎 怪奇一番勝負」+「ジョジョの奇妙な冒険 振り返ってはいけない小道」みたいな感じです。


多分、四月の頭には貼り出されると思います。
また、機を見てホームページにもアップしたいと思います。
ゴールデンウィークは妖怪に会いに来てやってください。
妖怪ストリートのイベント | permalink | comments(0) | -

●春の妖気

春ですね。
冷え性ですんで暖かくなってくるとうれしいです。

妖怪藝術展「ばけてん」は今年もやります。
期間は5月5日から11日まで、大将軍商店街にて。
今年は、作品出展者数も増えて、会場の広さも拡大です。
それだけではなく、ぼちぼち夏に向けて色々始動です。
楽しい季節になってきました。

そんな訳で、ばけてんのための作品作りをしています。
以前作っていた青坊主の青木さんを物置から引っ張り出して、空いた時間はずっと青木さんと見つめあってます。
まだ完全体ではないのです。



耳をつけて、服のしわを足して、おそらく展示中は頭をなでなでされるので頭頂部は手触り良くやすりがけしてしてスベスベに。

先日は一日外で日光浴させてました。
ご近所さんはびっくりかもしれませんが。



後は着彩+小物作りです。
出来上がってから、部屋で青木さんと二人で飲んで寝よう。
世間話 | permalink | comments(0) | -

●春はまだか

今回は長いです。

●北の国から

帰ってきました!
寒い寒いと聞いていたのですが、京都の方が寒いと言うか、なんか冷たいですね。
北海道はさわやかな寒さと言うか、清冷というか。
京都は、背骨を直接氷の手で握られた感じと言うか、「僕なんか悪いことしました?」って感じの心が折れそうな寒さなんです。
湿度の違いでしょうか。
いつも外出する時には、足用カイロが必需品なんですが、北海道はそんなことなかったです。
まあ時期が良かったのかもしれませんが。

28日に出発。
久々の旅です。
12時関空発のはずの飛行機が飛び立たない。
アナウンスによると、部品に不備があって羽田から新品を取り寄せるので、3時間遅れですって。
幸先悪い旅立ちです。

北海道到着。



久々(でもないか…)に師匠とお会いさせていただきまして、会食に参加させていただきました。
北海道食、初体験。
美味い…。
その上、何年も前に中国雲南省の麗江でお会いさせていただきました、地元少数民族のナシ族のRさんと風水の話で盛り上がったりして、良き日でした。


29日、3日間のシンポジウム開始の日です。
観光系のすごい偉い先生たちの集まりなんですね…。
結構のんきに考えてました。
こんな場所で妖怪の話をさせようなんて、うちの師匠も人が悪い…。
でも、ぼくが発表させてもらうのは最後の日なので、この日は皆さんの発表を聞かせていただきました。
すごく真面目そうな先生がご当地キティーについて抽象的概念を交えながらの哲学的考察をされたりしてまして、やはり観光って言うのは面白い部分を多分に含んでいるんだなと再認識しました。
その後、懇親会には参加せず…、マイミクのキタさん(キタさんもシンポジウム参加者です)に札幌を案内してもらいまして、食事に連れて行ってもらいました。
やっぱ美味い。
キタさんありがとう。


3月1日、この日は夕方まで自由。
偶然的にこの日は札幌で「妖怪展」が開催されていました。
(もう終了されてますが)
札幌でも同じようなことをされている人がいるんだなと感動。
僕にとって良い作品とは、見ていて創作意欲が駆り立てるような作品なんですが、旅先だと言うのに物作りがしてきたくなるような作品ばかりでした。
暗室の中を懐中電灯をもって作品を照らすと言うアイディアにも脱帽。
楽しく見させていただきました。
夕方から、次の日の打ち合わせ、待ち時間にRさんから地元麗江の不思議話を聞いてテンションが上がる。


2日、発表本番。
今回は、うちの師匠が共著で出された『世界遺産と地域振興―中国雲南省・麗江にくらす
という本の内容に沿っての発表です。
この、麗江という街なんですが、私も学生時代、6〜7回くらい行かせていただきました。
何年か前に「単騎、千里を走る。」っていう映画の舞台にもなった街です。
非常に美しい街で、街その物が世界遺産に登録されているんですが、世界遺産として有名になって、観光客がたくさん来ることになって、長い歴史のある街が観光地として変容していってしまっているという複雑な問題を孕んでいます。


(また行きたい…)

発表内容は硬いです。
(興味のある方はコチラ
発表の後、北海道大学の学生さんが興味を持ってくださって、仮装行列に参加したいとおっしゃってくださったり、研究者の中に大将軍商店街の出身者の方がいらっしゃて(すごい偶然!)、故郷がエライことになっていると驚いていた方もいらっしゃいました。
まあ、興味を持っていただいた方が一人でもおられたなら十分でしょう。

最近漫才とかのネタ見せ番組で、ネタの前に「今までにない斬新な発想から世間を切る!今日も得意の毒舌が炸裂か!!」なんていう、その芸人さんがどんだけ面白いかを視聴者に伝えるための紹介というか煽りのアナウンスを入れているのをよく見るんですが、あれって好き嫌い以前になんか見ていて恥ずかしいんですよね。
如何に面白いか、斬新か、笑えるかを実際のネタ見せではなくて前段階のアナウンスで知らせるって蛇足でしょ。
だって、実際に見りゃあわかることですもん。
その時間の分、一つでも多くのネタ見たいですし。
それもお笑いと言うジャンルの世間での地位が、昔より上がって、「お笑い論」的なものがお笑い好きなかで繰り広げられていることに拠るのかもしれませんが、そんなもん無くても面白いし素晴らしいモンなんです。
「妖怪」をテーマにした活動が、如何に文化的意味があって価値があるのかっていう論は、僕にとってちょっとそれに近いものがあるのです。
妖怪というものが、今でも注目されている理由は、文化的にどうこうじゃあなくって単純に「面白い」からなんです。
だから、こういう発表は重要なことだと思うし、妖怪というのは日本文化を語る上で大切な要素だと思うのですが、なんだか少し照れくさい。
まあ、こういう照れくさいことばかりを言うような場では惜しみなくお話させていただきますが、基本的には何か作り上げた物を楽しんでもらいたいというのが正直なとこですね。

その後打ち上げに。
ジンギズカン食べ放題。
北大の学生さんとも楽しくお話させていただきました。
特にO君とは映画「大日本人」について熱弁を振るいあいまして楽しいひと時でした。

3日、秘湯へ。
師匠のY先生、北京大学のZ先生、ナシ族のRさん、マイミクのキタさん、私で山奥の秘湯へ。
温泉と山菜。



夢のような日。
どこかにある私の寿命の蝋燭がにょきにょき伸びたはずです。

4日、再び札幌へ。
上記メンバーとY先生の奥様と夕食。
長い付き合いなんですが奥様にお会いさせていただくのは初めてでした。
海の幸のオンパレード、ほっけもししゃもも京都で食べるのとは別ものです。
寿命の蝋燭がまた少し伸びる。

5日、京都へ。
夢のような日々と別れて日常へ。
出発前の空港で奮発して巨大イクラ丼に挑戦。



キタさん曰く、イクラはおいしいけど量が多いと気持ち悪くなるとか。
なんと不遜な。
ロースかつ君も牛タン君もイクラ様の前では道を開けておとなしくなると言うのに。
イクラさんは今でこそ丸くなられているけど、一昔前にそんなこと言ったら大目玉ですよ。
イクラさんに対する敬意が足りません。
僕らみたいに海から離れた場所に居る人間にとってはイクラさんやウニさんに対する憧憬はもはや信仰の域です。
山の大番長マツタケさんも希少性でごまかしてますけど、タイマンでやったらイクラ様のほうが上でしょう。
イクラ「お前最近俺に勝てる言うてるらしいな」
マツタケ「言うてへんよ…」
でもまあたしかに量的にはお茶碗一杯くらいがいいかも…。
しばらく店の椅子から動けなくなる。

そして京都へ。
北海道へはまたかならず行きます。
一緒に行く人募集。





●ケーブルテレビで

取材していただいております妖怪ストリートが。

コチラです

見れない場合はバックナンバーから見れると思います。
タイトルは「モノを大切にしましょう」。

取材していただいたのは確か1月の末でした。
早いモンです。
もう3月です。

取材していただいたのはフリーアナウンサーの松田青華さんと落語家の笑福亭瓶成さんです。
僕は笑福亭鶴瓶さんの小学生以来のファンなんでそのお弟子さんに来ていただけるのもうれしかったりします。
パペポテレビっていう深夜番組知ってます?
多分僕より少し上の世代の人が見ていた番組だと思うんですが、親がビデオ録画していたのを小学生位から見てました。
もう引退されました上岡龍太郎さんと笑福亭鶴瓶さんという全くタイプの違うお二人のトークは未知の物質の化学反応というか、予測不能で面白かったです。
普通子供って強いヒーローとかスポーツ選手に憧れるモンですが、僕は「舌先三寸で相手を丸め込む」みたいな知的な人に憧れを持ってまして、それは三国志の諸葛孔明とこの上岡龍太郎さんの影響だったと思います。
(だから京極堂や御行の又市は子供がヒーローを見るみたいな感覚で見てしまいます)
鶴瓶さんの話は日常の些細なところから爆笑を生むって言う笑いの巨大化石を掘り当てる名人というか、そういう見方したらそんな面白いことになるのか〜って感じで、それを起承転結をきちっと踏まえてオチの面白さを最大限に引き出す形でお話を構成されてます。
結構文章作成する際に構成の参考にしたりしてます。
再放送しないもんですかねパペポ。

話は戻って、当日は、さすがプロのお仕事って感じでした。
手際よく、そして楽しく撮影が進んできます。
こういう現場でのプロのお仕事は見ているだけで楽しいです。

私と、妖怪ラーメンの井上さん、家具屋さんの谷内さんも少しだけ出てます。
長いっすね髪が…。

ちなみに先方から番組のDVDをお送りいただきまして、そこに大量のザック人形が。
かわいい…。

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●〜妖怪意匠家(デザイナー)から見た「世界遺産と地域振興」〜

某観光系シンポジウムで発表させていただいた内容の基原稿です。

世界遺産と地域振興―中国雲南省・麗江にくらす
という本の内容を受けての発表です。

雲南省麗江という街は、非常に美しい街で、街その物が世界遺産に登録されているんですが、世界遺産として有名になって、観光客がたくさん来ることになって、長い歴史のある街が観光地として変容していってしまっているという複雑な問題を孕んでいます。

以下より、硬いです。



〜妖怪意匠家(デザイナー)から見た「世界遺産と地域振興」〜

■はじめに
 私は、京都市上京区の一条通りにある大将軍商店街で2005年から実施されている妖怪を題材にした町おこしに携わっています。そこで私は妖怪をモチーフにしたホームページやグッズ、広告などのデザインや、イベントの企画や運営、イベントで使用する造形物の制作などを他のスタッフと分担して手がけています。
近年、映画や小説、漫画など様々な分野の娯楽作品で妖怪を題材にした作品がたくさん発表されています。妖怪はこれら娯楽作品に登場する人気キャラクターですが、一個人の創作により生まれるわけではありません。キャラクターとして造形された妖怪は全て何らかの古い時代の資料に基づいて作られています。それは近世以降に民俗学者が収集した民間伝承であったり、江戸時代の浮世絵や黄表紙(大人向けの絵本)であったりする訳です。妖怪はあまねく古典的な題材をもとに造形されていると言えます。
今回は、古典的な題材をもとに新たな表現を試みるクリエイターとして、また、実際にクリエイターとして制作したものを地域振興に活かす立場の者として、「世界遺産と地域振興」「文化遺産の保全と観光利用」について考えたいと思います。

■世界遺産の絶対視による伝統的世界観、価値観の喪失
 『世界遺産と地域振興』の中で、世界遺産制度について「登録物件が欧米の物件に偏っている」「それは結果的に(欧米>アジア)というように文化に優劣をつけることになってしまう」「制度自体が国家間の文化的優劣を暗黙の了解とさせる政治的ツールとして利用されている」という様々な問題点が指摘されています。私はこの中でも「世界遺産をブランド視すること」という点に注目したいと思います。それは、「世界遺産を無条件で礼賛し絶対視すること」による「文化に対する評価基準の画一化」、つまりは「価値観の一元化」につながることだと思います。
そもそも世界遺産の理念は、簡単に言ってしまうと「世界中にある、過去から継承されてきた様々な形の遺産を保全し、人類全体の宝として後世に伝えること」にあります。文化遺産はある日急に生まれるものではありません。その地域の歴史、道徳、信仰、自然環境など、一言で括ってしまうとその世界観の中に成り立つものと言えるでしょう。そして、その世界観の中で、価値のあるものとされているからこそ、先人たちはそれを大切にし、文化遺産として現代に託したのだと言えます。
過去から文化遺産を継承すると言うことは、先人たちが伝統的に培ってきた世界観も同時に継承することです。しかしながら、その文化遺産を継承した人たちが、それを世界遺産に登録するために八方手を尽くして奮闘し、いざ登録されれば国際社会に評価されたと諸手を挙げて喜ぶ。つまり世界遺産を「絶対的な価値観」として受け入れてしまえばどうなるでしょう。観光客を大量に受け入れるために自分たちの生活環境を観光客向けに整備する。世界遺産の価値観、観光客の価値観に合わせた街づくりをする。それはやがて、自分たちの文化の中で培ってきた価値観を放棄することとなり、先人から受け継いだ世界観の放棄につながるのではないでしょうか。そして、それは先人から受け継いだ形ある遺産とともに、無形である文化を、世界観を後世へと継承していくと言う行為とは全く逆の行いと言えるのではないでしょうか。

■観光がもたらす文化に対する憧憬と破壊
観光は決して高所なものではなく大衆の通俗的行為です。たくさんある余暇の過ごし方のひとつ、娯楽のひとつです。
ですから、文化遺産を観光利用する際に、観光客がその文化遺産に触れ、文化を継承していくことの大切さを学ぶ、というのは淡い期待と言うしかありません。殆どの観光客にとって観光は物見遊山と同義なのです。
 こんな話があります。数年前に放映された家族向けのアニメーション映画で、主人公が魚の親子で、人間のペット業者に連れて行かれた息子を、父親が幾多の困難を乗り越えて探すという、親子の絆を描いたストーリーのものがありました。この映画は大いにヒットし、世界中を感動の渦に巻き込んだと評されたのですが、その映画がヒット後、その主人公親子の魚種が激減したのです。理由は簡単です。その映画を観た観客がその魚種をペットとして飼いだしたからです。そして、需要の高い商品をより多く売るために業者による乱獲が始まったのです。映画の内容に感動したのなら、その魚を自宅で飼うなどありえないことでしょう。人間の欲求は、時にこういった矛盾を生むのです。
観光において、このようなことは絶対ありえないとは言い切れません。先ほども言ったとおり、観光とは大衆の通俗的行為です。観光旅行をすることと映画館に行くことには、行為として、そう差異があるとは思えません。「あるモノに感動したのに、それを欲するがゆえにそれを害する」これはそのまま文化遺産の観光利用において発生する諸問題を表現するにふさわしい言葉ではないでしょうか。麗江のように、多くの人がその美しい町並みに憧憬の念を抱き、その上、地元住民が外部へ流出し、観光客をターゲットとする商人が多数流入してきたというような場合は特にその傾向は顕著であると思われます。麗江という街を好意的に感じ、欲するがゆえの活動が結果的に、麗江という街そのものを観光客の欲求に応えるための街に変容させ、住民の生活に密着した様々な事象に急激な変化をもたらし、長い歴史の中で培ってきた文化の本来のあり方を破壊することにつながるのです。

■文化の保全と、時代の変化による生活形態の変化とのアンビバレンス
 外部からの評価がそのまま自分たちの価値観となり、自分たちの文化を自分たちで評価することがなくなる。これまで生活に密着していた様々なものが観光客の欲する形に急激に変容していってしまう。これらは先人たちが培ってきた世界観や、その中で生まれた文化遺産を継承し、次代へ伝える行為において抜き差しならない悪影響を与えるといういことは火を見るより明らかです。
 これまで、文化を継承すること、保全することに重きを置いてきましたが、では、先人から文化遺産を、その世界観を継承し次代へと伝えると言うことは、過去から様々な生活習慣、文物、建築物などをそのまま受け継いで、現代においても、何百年も前と同じように暮らすということなのでしょうか。当然、これは非現実的な幻想です。
過去から受け継いだものは失うと二度と手に入らない貴重なものである、一方で、時代が刻一刻と変化していく中で人々の生活もそれに合わせて変化していく。はたして、文化の保全と時代の変化による生活形態の変化という相反する二つの事柄に理想的な折衷点というのはあるのでしょうか。
麗江の文化遺産と観光利用における諸事情を考えた時に、私は知人の日本画家の言葉を思い出しました。
「日本画の世界において、ある一人の天才が現れたとして、その天才がどれだけ傑出した能力を持っていたとしても日本画の伝統を覆すことは出来ない。なぜなら日本画の伝統は、過去、多くの天才たちが作り出したものであるから」
私は妖怪などという古い題材を扱う作り手として、この言葉には大いに学ぶべきものがあります。また、この言葉の中には過去から受け継いだものに対する処し方のヒントがあり、文化の保全と時代の変化による生活形態の変化という相反する二つの事柄に対する一つの考え方の糸口があるように思います。
ここで少し京都における私の活動についてお話させていただきたいと思います。

■妖怪の造形化の歴史に見られる先達者の英知
私が携わっている大将軍商店街は、京都市上京区の一条通りという通りにあります。丁度そこは平安京の最北部に当たり、平安時代における一条通りの位置は現代においてもほぼズレがないといわれています。
さて、室町時代に作られた「付喪神記」という絵巻物によると、煤払い(大掃除)によって捨てられてしまった古道具たちが、人間たちに復讐するため、古の教えに従い付喪神に変化して、(変化した古道具たちは鬼の姿になったり獣の姿になったり、はたまた古道具に手足が生えた格好になったりします)自分たちが変化できたことを変化の神に感謝するお祭り行列を行うのですが、このお祭り行列の通り道が一条通りなのです。この説話に基づいて、大将軍商店街は道具を扱う商店街として、「付喪神記」にある古道具が変化するという概念に、現代的な解釈を加えエコロジーやリサイクルの大切さを訴えるというテーマのもと、妖怪たちの通り道である一条通りを「妖怪ストリート」と銘打ち、町おこしに展開しています。
私はその大将軍商店街での町おこし活動の一環として、妖怪を題材にした様々なデザインを手がけたり、特に大々的に行われているイベントである、付喪神が一条通りを練り歩いたという故事に基づいて、それを現代に再現しようという妖怪仮装行列の際に使用する、妖怪の衣装の制作などを行ったりする際に、過去に作られた妖怪の図像を参考にするのですが、その際に妖怪という題材を表現することにおいて、過去にたくさんの先達者がいかに創意工夫をしていたかを再認識させられます。
キャラクターとしての妖怪は、過去作られたものを色々な時代の人が反復再生して今に伝わっています。例えば、室町時代の絵巻を元に江戸時代の浮世絵が作られたり、江戸期の浮世絵を元に昭和に漫画が描かれ、それが現代になってからアニメ化されたりといったようなことが実際に起こっているのです。まさに妖怪の造形化の歴史は過去の幾多の天才たちが作り出したものと言えるでしょう。私の感覚から言えば、「ゲゲゲの鬼太郎」などで有名な漫画家の水木しげるという人は妖怪の造形化の天才です。その水木しげるも伝統的な妖怪の絵を見事に踏襲しながら、オリジナルな要素を付け加え自分のスタイルにされています。また、私個人の話ですが、大将軍商店街の町おこしに関わるようになってから、伝統的な流派の日本画を学んでらっしゃる絵師の方や、半世紀以上もお化け屋敷の人形を作ってらっしゃる職人さんのお話を伺ったり作品を見せていただいたりする機会に恵まれ、基本的にパソコンを使って作品を仕上げる私の制作スタイルとは異なる技術を有する方たちですが、それでも技術や表現の方法において大いに参考になる部分があります。妖怪を志向した表現をする作り手は、皆、先達者の作り出したものに学びながら新たな表現をおこなっているのです。
この大将軍商店街での町おこしの関係者は、殆ど私と同年代の20代で、皆一様に「妖怪が好き」という理由で関わっています。また、毎年仮装行列の際に妖怪に扮して行進してくれる数十人の人たちも殆どが地元の大学生です。以前、国際会議の場でこの大将軍商店街での妖怪をテーマにした町おこしの事例を発表した際に、ある外国人の方に「若い世代の人たちがこういう古い題材に興味を持って、実際に何らかの活動をしていることは珍しい事例」という意見をいただいたことがあります。妖怪というのは観光と同様に、決して高尚なものではありませんし、また全ての人が諸手を挙げて歓迎するようなものでもなかったようです。江戸時代においての「化物(妖怪)」は庶民の娯楽の題材であり、読み物、玩具、嗜好品と様々な媒体にキャラクターとして登場します。そこには子供向けのものから大人向けのかなり猥雑な表現がされたものもあります。しかしながら、近代に入ってからは江戸期のような大衆文化に対しての否定的な意見が生まれ、当然、妖怪を題材にした娯楽は一気に下火になってしまいましたし、民俗学者の柳田國男が民族調査のために農村などでお化けの話を聞きだそうとすると「まだそんな迷信を信じているのかと思われるのは心外だ。田舎を軽蔑する質問だ」と叱責されたことがあると不満げに述懐しています。また、漫画家の水木しげるは当初、妖怪というテーマが色物として評価され非常に苦労したと述べています。何も知らない人が妖怪に拒否反応を起こすのは、当然と言えば当然です。これも妖怪が通俗的(ある意味で卑俗的)なものであり、多くの負のイメージを孕んでいることに起因するものだと思います。(だからこそ作り手にとって面白い題材といえるのですが)
大将軍商店街においても妖怪という題材で町おこしをすることに対して懐疑的でした。それでもスタッフによる地道な活動が世間の目に止まり、マスコミ等で取り上げられて注目を集め、イベント時に多くの人が集まり出してから少しずつ商店街内部での考えが変わっていき今に至っています。まだ何も形になっているわけではありませんし、偉そうなことは言えませんが、大数派の価値観に染まることなく、己が価値観と信念の元、過去に学びながら新たな表現を模索する。そこには先人たちが作り上げてきたものに対して正面から向き合う姿勢があるように感じます。また、それは、人知れず、昔から受け継いだものを「過去のもの」として博物館送りにするのではなく、生きた文化として現代に活かす行いと言えるのではないでしょうか。
私がこれまでの活動で得た経験から強く感じるのは、過去から現代に継承されている全てのものには先人たちの様々な思いや英知が詰まっているということです。
重要なのは、先人たちが遺したものを改めてきちっと評価し、向き合うことではないでしょうか。幾ら国際社会に評価されても、世界遺産に登録されても、多くの学者たちに賛辞の言葉をもらっても、たくさんの観光客が訪れても、先人から受け継いだものの真価を量れるのは、そこに秘められた英知を読み解けるのは、先人たちと同じ世界観の中に生きる遺産の継承者しかいません。
外部から持ち込まれた価値観により、過去から受け継がれた遺産の真価が推し量れぬまま失われていくのはあまりにも惜しいことです。そして、その遺産の継承者が、その真価を知った上で取捨選択するのならば、たとえ彼らの生活がこれまでと一変したとしても、それは民族の歴史上、一つの進歩的変化と言えるのではないでしょうか。

■さいごに 〜傍観者の祈り〜
「世界遺産と地域振興」「文化遺産の保全と観光利用」における諸問題は、答えの用意されていない問題です。ですから八方丸く治めるような答えに行き着くことは不可能でしょう。また、それらはあまねくその文化遺産を受け継いだ当事者たちの問題であり、私たちが幾らその問題に心を砕いたところで、結局はそれらの問題の行き着くところを見守ることしか出来ないのかもしれません。現代に受け継がれた遺産を未来へと伝える役目を負っているのは次代を担う若者たちです。彼らが彼ら自身の価値観で先人たちの遺したものと向き合った上で下した判断ならば、その結果がどうであれ、傍観者である私たちが憂うべきものではないのではないでしょうか。(了)



以上です。
硬いです。

また行きたいなぁ麗江。
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